第5章 *愛を込めて、花束を。【黒尾鉄朗】
「…なに、これ。」
イマイチ状況が掴めない私は、目をパチクリと瞬かせる。
目の前のトサカ尾は、相変わらずの胡散臭い笑顔で私を見つめていた。
一体これは何の再現ドラマ?いや、映画のワンシーン?
「ヨーロッパの方では、男性から女性に花束を贈る日なんだとよ。」
彼が放った言葉。この一言で私はすべてを理解した。
「…花束じゃないじゃん、1本だけじゃん。」
「細かいことはいいんだよ。雰囲気だ、雰囲気。」
薔薇を捧げて跪く彼。
アンタは何処かの国の貴公子か。
なんて言えるわけもなく、なんだかんだでサマになってるのが面白くて吹き出してしまう。
「…これするために、用事あるって嘘ついたの?」
「その通り。こういうの、綾乃案外嫌いじゃねぇだろ?」
「ばか……でも、嫌いじゃない。ありがと。」
彼の手から薔薇を受け取ると、なんだかこそばゆい気持ちになった。
高3の男女二人が、なんの変哲もないただの部屋でこんなことをしているだなんて。
でも不思議と、恥ずかしくはなかった。
それは黒尾が本当に私を迎えに来てくれた王子様みたいに見えたから………なんて言ったら調子に乗るかもな。
いや、その前に私が恥ずかしくて言えない。
「ところでさ、鉄朗さん。」
「なんだよ。」
「私さっきまで寝てたから何も準備できてないんだけど……イイ?」
「……別に、俺は全然気にしねぇよ。」
そう言ってニヤリと笑う彼。
なんだか嫌な予感がする。そう悟ったと同時に、私の手首を器用に縛る真っ赤なリボン。
手の自由を奪われ、そのままぐいっと引っ張られた私は、すっぽりと彼の腕の中に収まった。
0に近い距離の顔と顔。憎たらしいほど余裕な表情を浮かべた黒尾の囁きと甘い吐息が、私の胸を高鳴らせた。
「綾乃がいれば問題ないしな。」
私が思い描いていたものとは違うバレンタインデー。
年に一度の、特別な日。
あなたにも、特別な幸福が訪れますように。
Happy Valentine *:・゚
*END
→あとがき。