第40章 旗
「蓮水の鬼も落ちたものよ。よもや、変若水などに手を出さなければ、俺ともう少し上手くやり合えたであろうものを」
「そんなもの、俺は望んでなどはいなかった。そうさ、俺は始めから志摩子の存在以外、何とも思っちゃいなかったさ」
酷く咳込み、栄は血を吐き捨てる。傷は深い、いくら鬼とはいえ羅刹の力が交じった彼の身体は思うように治癒されない。また風間が突き刺した刃を抜かないこともあり、栄はこのまま息絶える他なかった。
「なぁ、風間の坊主。哀れだとは思わないか? 蓮水は長年しきたりや、長い長い鬼の血に魅入られそれに固執し一族を絶やさぬことばかり考えて生きて来た。その末路が、これだ。愚かだ……俺達はとても。変若水にまで手を出し、禁術であるはずの護身鬼を持ち出し……数々の犠牲の上に志摩子を一人縛り付けている。あの子は……あの子が一番、蓮水の名に縛られている」
「だからどうした。それは全て、貴様らが志摩子にしてきたこと。今更許してくれとでも言うつもりか? ふざけたことを」
「いや……別にそうとは思わん。俺は……風間の坊主が、志摩子を連れ出してくれて……よかったと思ってるさ。たぶんな」
「ふんっ」
「あの子は……斎藤、という男に着いて行っていたな。なんだ、あの子男は。本当にこれだから人間は嫌になる。いつも人間が、俺達の大切なものを奪っていく」
「憎いか、殺したいか」
「……」
栄はおぼろげに鳴り始めている意識の中、ぐっと力を込めて自らの胸に突き刺さっている刃を握りしめた。風間へと視線を上げ、苦しそうに言葉を吐き出す。