第31章 絆
「志摩子……?」
斎藤の唇が、此処にいるはずのない人物の名前をなぞる。川辺で伊東の件を、千鶴を交えて斎藤は藤堂と話している最中だった。
「一君? どうかしたのかよ。急に志摩子の名前なんか呼んでさ」
「あ、いや……何故か急に、胸騒ぎを感じた」
「胸騒ぎ? ああ、まぁ……一君の勘は当たるからなぁ。それって、志摩子の身に危険が迫ってるってことか?」
「……恐らくは」
斎藤と藤堂は互いに目を見合わせた。斎藤はともかく、藤堂は今は新選組隊士ではない。それでも表情から読み取れる藤堂の心情は、何処かいつも新選組に居た時に見たような柔らかいものに変わっていた。
「平助君! 皆、戻ってきてほしいって思ってる。私も……だから、新選組に戻ってきてほしい!!」
「……千鶴、ありがとな。わざわざこんな俺のために、そんなことを言ってくれて。でも、俺には伊東さんを連れてきちまった責任だってある。伊東さんを置いて、わかったって頷くわけにはいかない」
「平助君……」
藤堂は徐に千鶴の手を掴んで、ぎゅっと握る。優しい笑みを浮かべながら。
「俺は……男だからな。自分が決めたことを簡単に折るわけには、いかねぇんだ」
「ごめんね、それでも私はその信念を折ってでも、平助君に帰って来てほしいって思ってしまう。えっと、じゃあこれならいい?」
千鶴は一度斎藤へと視線を向けた、彼女の考えていることがある程度わかったのか、斎藤はふっと笑んだ。それを確認すると、千鶴は今までで一番強く藤堂の手を握って突然走り出した。