第23章 華
「すまない……っ、今の言葉は忘れてくれ」
「え? え??」
「い、行くぞ」
「あ……っ」
斎藤の大きくて骨ばった手が、志摩子の小さくて柔らかな手を掴む。強引に引かれて、逃げ出すことは出来ない。
――私の、大切な……人。
ただ一人、想いを寄せる相手。そうは問われても、すぐに浮かんでくる顔は新選組の面々と風間くらいだった。だがその中から、ただ一人に絞ることは……まだ出来ないでいた。
揺れる心、戸惑いと共に……内へと隠す。
「一様……」
「な、なんだ?」
「……。いえ、なんでもありません……名前を、呼びたくなりました」
「……っ、そう……か」
「すみません。ご迷惑、でしたよね……」
「いや、そんなことはない。その、俺も……お前の名を呼びたくなる時がある」
志摩子がゆっくりと顔を上げれば、斎藤の大きな背中が視界に入る。月明かりを浴びて、彼の髪がきらきらと光って見えた。
「志摩子……」
「はい」
「悪い……呼んでみた、だけだ」
「……ふふっ」
「わ、笑うな!!」
志摩子は不思議な感情を、何処かで気付きながらもその正体が何なのか未だ知らない。けれどいつかわかる日が来た時は、精一杯受け止めようと決める。
ぎゅっと、彼の手を繋ぎながら。