【CDC企画】The Premium Edition
第1章 Cœur Ganache Noir(月詠:悲恋)
待ち焦がれていた日が、やっと訪れた。吉原が鳳仙の独裁から解放され、月詠が地雷亜の呪縛から解放されて以来、初めてのバレンタインを迎えているのだ。
普通に働く遊女達にとっては、いつも通り気合の入るイベントなのかもしれない。今も昔も、お金儲けにはおあつらえ向きな日である事には変わりないからだ。独り身の男が面白がって吉原をフラリと訪れもすれば、特定の遊女に入れ込んでいる男達がいざ勝負とばかりに駆け込みもする。掻き入れ時とはまさにこの事で、二月十四日は男女問わず張り切る姿が伺えた。吉原だけでなく、地上の一般人達もさぞかし楽しみにしているでだろう。
しかし、それは月詠やアスカ、そして百華達にとって今の今までは無縁のイベントだった。むしろ人の出入りが激しく、客が酒を飲む量も多くなり、面倒事が増える危険な時期である。特に鳳仙が支配していた当時は常闇に乗じて女に悪さをする輩が多く、取り締まりに余念の余地はなかった。
地雷亜の時もそうだ。一見、陽の光に晒されて自由を満喫しているように感じる吉原でも、実際は自由と共に得た不安定な治安で頭を悩まされていた。遊女達が現実逃避に使っていた危ない麻薬の出回りもその時期と重なる。一難去ってまた一難とはよく言ったもので、安泰を手にするには一筋縄ではいかない。
だがもう心配はいらないはずだ。何故なら吉原を脅やかす存在がもう無いのだから。いや、完全に居なくなった訳ではないかもしれない。人と人が関わり続ける以上、問題や争いが勃発するのは世の常。いつかはまた、吉原を火の海へと変えてしまうような出来事が起きてもおかしくはない。けれども、そんな大それた事件が発生するのは遠い未来であろう。そう何度も何度もこの国を落とさせるほど、吉原の番人達は甘くはない。
百華の頭である月詠の右腕と称されるアスカも、その考えに共感していた。陽の光と仲間との強い絆を手に入れた吉原の民は、もう小さな揉め事くらいなら自分たちで解決出来るほど成長している。深く根付いた吉原の闇で、アスカには自分の意思など無いに等しかったが、現在は違う。環境が変わり、人も変わった。そこに生きる一人一人の心が自由である事を許された今、アスカは己の気持ちにも素直になると決める。今まで胸の内に隠していた秘密を、月詠に告白しようと決意したのだ。