【CDC企画】The Premium Edition
第2章 Carré Lait(芳村)
これは、運命の歯車が動き出す前の話である。
少女は怒りを露わに、大通りを明るい太陽の下で歩いていた。10代になりたてであろう年頃の彼女は、ぷっくらと両頰を膨らませながらズカズカと早い歩みで道を進んで行く。いかにも不機嫌である事を主張しているのだが、何が彼女をそうさせているのか。それは些細な親子喧嘩が原因である。
先ほどまで家に居た少女は、母親にある頼みごとをしていた。それは学校の友達と同様の、お化粧セットが欲しいと言うものだった。学校の規則で生徒たちは化粧を許されていないのだが、私生活においては話が別だ。親の許しを貰って休日に化粧をする女子も少なくはない。
化粧と言っても、いわゆる子供用のコスメだ。テレビの人気キャラクターをモチーフにした安上がりな物であり、例え顔にフルメイクをしたとしても、ナチュラルな配色で所々キラキラとしたラメが入っている程度である。何も大人顔負けの代物ではない。
しかし子供騙しだと理解していても、少女の母親は頑として化粧の行為を許さなかった。
理由は単純明快で、少女がまだ子供だからである。いくら子供向けに商品化されているとは言え、化粧は化粧。最低でも中学に上がるまでは、化粧をさせるつもりは毛頭ないとの事だ。
それに対し反発した少女は、己がもう大人である事を証明する為に、家を飛び出したのである。
子供らしいパステル調の服を身につけている彼女は、お腹辺りに取り付けられているカンガルーポケットに猫の財布、そして家の鍵を深く入れ、右手にはしっかりと地図を表示している携帯を握りしめていた。家からそれほど遠くもない目的地へと向かって十分ほど歩けば、少女の目には「あんていく」と書かれている看板が目に入る。それが地図と共に載せられている写真と同じ店だと確認すれば、彼女は不機嫌な表情から打って変わって明るい笑顔を咲かせた。
勢い良くカフェのある二回へと駆け上がり、躊躇もなく店のドアを開ける。その際、ドアに取り付けられた来客を知らせるベルに少し驚きながらも、少女はドタドタと入店した。そして店のカウンター裏でコーヒー豆を挽いている初老に、走り込んだ勢いで己の携帯画面を見せた。