第1章 慶応三年二月一日
「ただ、雪村君に会いたがっているようです」
退室しようとしていた千鶴は、唐突に出てきた己の名に動きを止める。
「千鶴に?何故だ」
「わかりません。ですが顔を出す程度でいいので七条まで来てほしいと」
思案顔の土方と無表情なままの山崎を交互に見ながら千鶴は黙っていた。暫しの沈黙を破ったのは土方だった。
「斎藤か原田が昼の巡察当番なのはいつだ?」
「三番組は五日後、十番組は三日後です」
「そうか…千鶴、三日後の十番組の巡察に同行しろ。帰りに原田と七条へ寄れ」
「いいんですか?」
「構わねえ。むしろ好都合だ。千鶴、何でもいいからあいつから未来とやらの話を聞き出せ」
「わ、私がですか?」
友と慕ってくれる実桜を相手に密偵紛いの事をするのは気が引ける。
「山崎が監察方の人間だってのは向こうも承知しているからな。警戒して話さねえかもしれねえが、お前なら気安いから何か話すかもしれねえ。頼んだぞ」
依頼の形をとっているが、これは「副長命令」だ。千鶴に拒否権はない。
「あの…私は何を聞き出せばいいのでしょうか」
「何でもいい。が、なるべく隊に関わることを聞き出せ。一つでも多く、な」
「…わかりました」
千鶴は心の中で友に詫びた。