第1章 The day when the life changes
しばらくして落ち着いた私は美雪にこの一年を話していた。
「そういえば、この前宮沢賢治の『永訣の朝』って詩をやったんだけどね。美雪は知ってるかな。」
先日読んだ詩を思い出す。
それは賢治の実の妹が亡くなる日の詩だ。
決別の日を迎え、妹は賢治に一椀の雪を頼む。
それを賢治は死を悲しく暗いものにしないための妹の気遣いだと感じ取り、最期まで優しかった妹の命が雪に代わり、人々に幸せを与えてほしいと願う。
ざっくりとした内容しか覚えていないのだが、内容とは別の…言うなれば賢治の思いが私の心から離れない。
「その時ね、雪をアイスクリームに例えてたんだ。みんなに甘さ…幸福を届けるものだったから…」
手近な雪をすくい上げる。
「私は、ホワイトチョコがいいな、なんて考えたんだよね。チョコはみんなを笑顔にする特別な力があるって思うから…」
「美雪みたいにね。」と付け足して、すくい上げた雪をペロリとなめた。
衛生上良くないし、ただ冷たいだけだってわかっている。
わかっているけれど、そうしたい衝動に駆られた。
その雪は何となく甘く感じた。
でも込み上げてくるのは、雪の冷たさに似た感情だった。
夕はじっとしていた。
嵐と例えられる彼はいつもこの時だけはじっとしているのだった。
そして何かを考えているようだった。
(美雪のことだろうな…)
別に美雪のことを考えていても構わない。
むしろ今この状況ならそれが当然だ。
美雪だったら…と思う自分もいる。
ただ夕にとっての唯一の特別が美雪だって思うと…自分じゃないって思うと…
そこで気がつく。
この醜く冷たい感情は嫉妬なのだと。
思わず苦笑する。
夏目漱石の『こころ』に「嫉妬は愛の反面」なんて言葉もあったなぁなんて思いながら。
やっぱり私の特別は他の誰でもない夕なんだ。