第13章 【影】
ジャーファルside
* * * *
いつも通りに、私は自分の職務をこなしていた。
月が真っ赤に染まり、不吉な事が起こる、と国中は混乱に満ちている。
月が変色しているくらい、一体何だというのだろうか。
シンドバッド王は、珍しく仕事をしているため、今日はあまり忙しくはない。
コン…、とノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ…」
「ジャーファル」
「―――――――――っ」
息が止まるかと思った。
手にしていた筆が、机に転がって床に落ちる。
黒いインクが、黒い点を付けた。
(…嘘だ、そんなはずは、ない…ッ)
扉が、ギィイ…と開き、一人の女性が入ってきた。
頭に被っている薄い青のベールが、顔を隠している。
けれど、彼女の周りにいる、たくさんの青いルフを見て、私の目から熱いモノが流れた。
「―――――シェリル…」
「会いたかった、ジャーファル…っ」
「シェリルっ!!」
今にも…泣いてしまいそうな、シェリルの声。
折れてしまいそうな、細い身体を、私はすぐに抱き寄せた。
ベールが落ちて、両手で顔を、愛しい彼女を確かめるように、挟む。
子供のように泣きじゃくる、愛しい人。
「あぁ…、やっぱり、帰ってきてくれたんですね…」
「………はい」
「シェリル、シェリル…」
あの頃より、長く伸びた黒髪。
透き通った肌は、相変わらず白いまま。
まともに食事をしていなかったのか、前よりも細く、弱々しく見える。
「…ジャーファル、」
「なんですか、シェリル?」
「愛してるって、言って…」
か細すぎる声に、ゾッとする。
確かに彼女はここにいるのに、今にも消えてしまいそうな感じがした。
また、彼女が消える、そんな気がした。
(……影が…、)
「聞きたいの、今」
「―――――分かりました…」
彼女を乱暴にベッドに投げ飛ばし、ベールを踏んで歩み寄る。
シェリルの驚いている顔を見るのは、何年ぶりだろう。
右手首を掴み、顎を上げて、口を開かせた。
「あの日からあげられなかった愛も、言葉も、全部。今、あげますよ」
彼女は何か言いかけたが、私はその口を、唇で塞いだ。