Destination Beside Precious
第15章 12.Masked Family
凛と和解してから数日。いつも通りの朝。
身支度をある程度済ませた汐は自室を出て1階に降りると、書斎から出てきた母親―榊宮サエコとすれ違った。
弟と同じ茜の瞳と視線がぶつかる。
「お母さん、おはよう」
「ああ汐、おはよう。私もう行くから」
サエコは一瞬汐を見ただけで、直ぐに腕時計に目を落としながら玄関へ向かった。
サエコの手には大きな旅行鞄。しかし旅行に行くのではなかった。
明日から大学の授業が休みだから自身の研究を煮詰める為に数日出張に出掛けるということを、通いの使用人から聞いた。
シューズボックスからパンプスを取り出し履く母へ、汐は控えめに声を掛けた。
「ねえ、リビングの机の上に置いておいた紙、見てくれた?」
「紙?なんのことかしら?」
サエコは振り返ることなく、汐の質問に質問で返した。
声の調子からして、本当になんのことか分からないようだ。
「昨日メールで伝えたことなんだけど…覚えてない?」
「メール?…そういえば来てたかもしれないわね…。…大事なことなの?」
やっと、母は振り返った。その表情で悟る。
〝大事なことなの?〟これは悪気なんて一切無い、率直な質問だということを。
「…」
何も答えずにいると、サエコはさも気にする様子もなく立ち上がり車の鍵を握る。
「時間が無いから行くわね」
そうして汐に一瞥をくれることなく玄関の扉へ消えていった。
母を見送ると、汐は廊下にひとり残された。
4月の終わり。もう廊下が冷えることも無くなったはずなのに、やけに寒く感じてリビングへ入る。
目に入ったのは、ダイニングテーブルにぽつんと残る、汐が母に見てもらいたかった紙。
それ以外はなにもない。
「また、璃保に代筆をお願いすることになっちゃうな」
困ったように笑いながら呟いた。
毎度のことなはずなのに、今日に限ってはとても胸が締め付けられる気分だった。
ぽつりとこぼした独り言の声が震えていたことには汐本人気づかなかった。
簡単な朝食を準備してテーブルにつく。
バターを塗ったトーストをかじりながら、紙を見つめる。
保護者記入欄は、本当に真っ白だ。
その白さは、自分への関心の度合いだとつくづく思う。
仕事へ向かった母は、ほとんど自分を見てくれなかった。
見てもらいたかった紙―進路希望調査を横によけながら、汐は抱いた感情を押し込むように牛乳を流し込んだ。