Destination Beside Precious
第8章 6.Dye Your White ※
「凛くん…!」
地元の駅の改札を抜けると、耳によく馴染んでいる声が自分を呼んだ。
「よ、汐。寒い中待たせて悪かったな」
「ううんっ。全然」
凛は汐の手を握り歩き出す。
雪がちらつくような寒い中にいたというのに汐の手は温かい。
その温もりに胸の奥まで温かくなるような思いを覚える。
「1回実家に寄らなくてもよかったの?」
「ああ。母さんも江も俺が汐の家にいるって知ってる」
12月28日、年末年始のオフということで1週間ほど実家に戻ってきた。
こんなに幸せな気分の帰省など初めてだ。
思わず気分も足も浮つきそうになるのを抑える。
「あれ、凛くんのお母さんあたしのこと知ってるの?」
「江が母さんに話したっぽい。汐の家に一泊してから実家に帰るって話したら江の奴、お兄ちゃんばっかりずるいって言ってたぜ」
「えーほんとに?嬉しい」
電話での江の弾んだ声を思い出す。
終話ボタンを押すまでずっと、いいなーいいなーと言っていた。
「江はお前のこと、本当の姉貴みたいに慕ってるからな。ま、仲良くしてやってくれ」
「あたしも江ちゃんみたいな妹欲しかったなー」
「んなこと言ってっと夏貴が泣くぞ。…今夜はいるのか?」
「SCの遠征で大阪」
険が隠れていない夏貴の瞳が浮かぶ。今時珍しいくらい姉を慕う弟。
その別の顔は、恐らく中学トップクラスのスイマー。
「今年の佐野SCは忙しそうだな」
「そだね。部活引退したのによく頑張ってると思う」
「母親は?」
「お母さん?…忘年会か何かじゃないかな?知らない。とにかく今夜はいないよ」
どこか浮ついた声。
一度顔を合わせただけの汐の母。凛としてはいつかちゃんと挨拶をしたいと思う。
夏貴も母親もいないことは分かりきっていた。一応確認のために訊いてみただけ。
本当に、今夜は〝ふたりきり〟だということだ。
それがどんな意味を持っているのか、汐もわかっているだろう。だから今夜家に誘ったのだと思う。
クリスマスの夜に約束をした。あの時の恥じらいに揺れるローライドガーネットを思い出す。
「…ついたよ」
汐に続いて門を抜ける。
敷地に足を踏み入れると途端に胸の奥が騒ぎ出す。
今夜、凛は汐の家に泊まりに来た。