第8章 路地裏コンテニュー
「か…。家族のことを言われました。…なのに平気な顔して…」
「ちょっと待ちなさい。家族のことって、いったいどんな事なのよ。」
自分の膝を叩き潰しそうなほど力一杯拳を作り、怒りを露わにしていた千歳を食い止める。
『家族のこと』、『平気な顔をして』
まさか、家族のことを罵られただけ?確かに、良い顔はできないが殴り合いになるほどだろうか。家族思いならむしろ褒められるが、これとは訳が違いそうだ。
「…俺には姉がいて、…3年前に殺されました…。」
千歳の話によると、彼には悲惨な過去があったらしい。
大切な人を失った時の悲しみは、私だってよく知っている。
「そいつとはもう、関わってはいけない。…あんたが殺されるかもしれないわね。」
「怖いものね…。居なくなられたら…ね。」
「ゆ…結希さんも、そんな経験があるんですか…?」
「ええ…。分かるわよ、あんたの気持ち。…一度でいいから、会いたい。もう一度会って、それで…。ありがとうって、言いたい…!」
私の瞳から沢山大粒の涙が溢れ出した。
痛いほどに目の奥が熱く感じる。人前で泣きたくないと思えば思うほど、涙が零れていく。
「ごめ…、見なっいで。ぶん殴る、わよ…!」
千歳に背を向け、ベンチの上で抱え込むように泣いた。
千歳もそれを察して、ずっと前を向いていた。
「…初対面の人で、こんなに親近感がわいたのは初めてですよ。…結希さん、話し上手なのかもしれないですね。」
私を笑わそうとしてか、冗談らしく言ってきた。
声の調子は明るいが、彼もきっと泣いているだろう。
思い出し泣きは何故か苦しい。声も出ない。
「…それじゃあ俺、これで帰りますね。楽になりました!!」
「…!?ま、待ちなさい!!話はまだ終わってないのよ!?」
「…また会えれば、結希さんの話も聞かせて下さい。さようなら!!」
立ち上がり、全速力で真っ直ぐ走り去ってしまった。
(なんで家出したのよ、あいつ。悩み事を解決してあげようとしたのに。)
もしかしたら、彼にはそんな事必要ないのかもしれない。
(また会う時もユニフォームでいなさいよ。あんたかどうか、分からない自信があるわ。)
自分も立ち上がり、みんなの待つ薬局へ向かった。
千歳の笑顔が脳裏に焼き付いているのは、後藤田達に知られないようにしよう。