第1章 その1.目で追いかけてはいけません
「じゃ、俺ら行くね。」
また私に視線を移し、ニッコリと微笑むその人は「えっと…」と私に指を指して何か言いたそうだった。
「…あ、…、です。」
「ふふ、じゃあまたね、ちゃん。」
名前を呼ばれたその顔にまたドキっとする。一緒にいた大野さんは、私の顔なんて見ずに背を向けた。
「あ、お、大野さん!」
名前がわかる大野さんを呼び止めてしまった。何も言わずに大野さんが私を向く。
「こ、れ…よかったら、どうぞ。」
私は袋の中からお礼のつもりで、パンを2つ取り出した。取り出して気付いた。私…せっかく頂いた物を渡そうとしてる。
「……」
何も言わずにパンを見る大野さん。
そりゃあ…いりませんよね。
パンを袋に直そうとした時、急に手を掴まれた。
驚いて目の前にいる大野さんから目が離せなくて、少しの間、見つめ合う形になってしまった。
「………」
「いる、もらう」
そう言って初めて見た笑顔はふわっと、
焼きたてのパンみたいな優しい顔だった。