第2章 日向翔陽 グッバイ•アイザック
近頃ロードワークの時間に日向が張り切る。影山はそんな日向をなんだこいつ、と言いたげな目で見ていた。
「ほっ、ほっ」
「おい日向、飛ばしすぎだぞ」
「だって、この辺から、聞こえて来るんだ‼︎」
「あぁ?何がだよ」
「……歌‼︎」
嬉しそうに走るスピードを上げる日向に対抗心が湧き、影山はその横に並ぶ。満面の笑みのその顔を釈然とせずに眺めていると、不意に日向がぱっと上の方を見た。
釣られて同じ方向を向くと、校舎が見えてくる。
「ほら、歌ってる」
「……吹部のしか聞こえねぇぞ」
「もっと耳澄ませよバ影山‼︎」
「んだとボゲェ‼︎」
ムキになって怒鳴ると、日向は唇に指を当てた。しーっと言われて調子が狂い、走りながらも耳を澄ませる。
放課後の雑音の中に、一つ明らかに洗練された音色が聞こえる。メロディになって、耳に届く。
柔らかで伸びやかな歌声が芯となって、音楽が絡みついているような。
「"緋紗"さん、今日も歌ってる……‼︎」
呆気に取られて思わず足を止めた影山の手を、日向が引っ張る。うお、と躓きそうになりながら「何すんだボゲ」と言いつつ、ついていく。
「あいさつするっ」
「おい、お前知り合いなのかよっ」
「西谷さんが言ってた!『緋紗はよく俺らの試合観に来てくれるんだ!』って‼︎たまに差し入れもしてくれてるみたいだ‼︎」
「……西谷さんが持ってくるあれか」
そういえば、アイスとかスポドリとか、ここ最近で増えたな、と思い返す。
「緋紗さぁぁああぁん‼︎」
ぶんぶん手を振る日向にびくっと反応して、窓からこちらを覗き込む人。あの柔らかで力強い歌声の持ち主。想像とは違い、少し儚げな人だと感じる。日向が西谷のようにピースサインを繰り出す。影山は部活の力になってくれている人だと思い、一礼した。
すると彼女は、周りのバンドメンバーらしき人に何か言ってから、こちらに手を振って何かを投げた。四つ。
反射でキャッチすると、それは冷たいスポドリ。
「ロードワーク、お疲れ‼︎ 後の二つ、西谷と田中に‼︎」
思い出したようにピースサインを送って、彼女はまたギターを握る。早く部活に行かなくては行けないのに、その声にまた、地面に足を縫い付けられたように止まる。
「これ、俺の歌みたい」
日向がそう独り言ちた。