第1章 月が綺麗ですね(黒子のバスケ:火神夢)
油の跳ね踊る音がキッチンに響く。パチパチとジュウジュウが重なるようにも聞こえる独特な音は、直径20cmのフライパンに敷き詰められた牛肉の香りと共に食欲を唆った。ハンバーガー用に分厚く作った肉にちゃんと火が通るまで、弱火でじっくりと待つ。調理場に長時間立つのは久々だが、シンプルな料理のおかげで成功はしそうである。
別に特別な理由など存在しないのだが、最近は幼馴染である火神大我の為に料理を振舞いたい気分だったのが全ての発端だ。
日本を訪れて数週間、ユリアは心の底から安心していた。初めて経験する日本の文化に戸惑いは感じているが、それ以上に火神と一緒にいれる事が嬉しかった。
アメリカ生まれのアメリカ育ち。両親は純粋な日本人ではあるが、父の仕事の都合によりユリアは両親が米国に滞在している間に生まれた。その出生が意味するのはアメリカで生き、アメリカの教育を受ける宿命であった。
いや、「宿命」は少し強すぎる言葉だったかもしれない。要は父の仕事で日本に引き返す予定が無い彼女にとって、アメリカで学生生活を送るのは自然な流れだったのである。
そしてその流れで知り合ったのが、氷室辰也と火神大我だ。
きっかけが何だったのかは、もう覚えていない。典型的なスポーツ少年の二人とは正反対で、ユリアは性格がまるで大人しいし運動も苦手だ。元気少年二人と内気な少女一人の気が合うこと自体、なんだか妙な感じではあるが、仲良しでいられるのは何よりだ。三人が暮らしている地域では日本人が珍しかったのが、お互いを引き寄せる原因だったのかもしれない。
まあ理由と経緯はどうであれ、ユリアは氷室と火神が友達として大好きだった。時に二人のバスケ馬鹿っぷりが彼女を置いていくが、それでも口数の少ない、大人しいユリアを友として受け入れてくれたのが嬉しかったのだ。
バスケを楽しむ二人の傍で読書をしたり、バスケが出来ない状況であれば二人と一緒にお喋りをしたり。たわいない付き合い方で十分なほど幸せを感じていた。そしてその幸せはいつまでも続くのだと、愚直にもユリアは信じていたのだった。
けれど、いつの間にか男二人の友情は拗れていた。ペアリングを肌身離さず身に着けるほどの強い絆は、ユリアの気づかぬうちに崩壊していたのだ。