第8章 カナちゃんの誕生日
「わ、若っ! じゃなくてリクオ君! 買い物でしたら私が何でも買って参ります!」
と、突然横から氷麗ちゃんが奴良リクオ君に詰め寄り、必死な様子で口を開いた。
「え? でも、氷麗に判るかな?」
「はい! 氷麗にどーんっとお任せ下さい!」
困惑気味の奴良リクオ君に氷麗ちゃんは得意げな表情になり、自分の胸をドンッと叩いた。
その後ろで厳つい顔の男の子が、本当に大丈夫かよ?という顔をする。
しかし確かに氷麗ちゃんは、ガラクタ市の話しの中で出て来る大正時代から昭和初期まで使われた氷鉢を知らなかったくらい若い。
きっとカナちゃんへのプレゼントも素敵なものを選んでくれる。
「ごめん、奴良君。手伝いたいけど門限が迫ってて…。及川さんなら私よりセンス良さそうだし、いいと思うよ?」
私の言葉に掴まれた腕の力が緩み外れた。
奴良リクオ君は後ろ頭を掻きながら、申し訳無さそうに笑った。
「あはは、急に腕掴んじゃってごめん…」
私は緊張から解放されホッと息をつきながらも、そんな事ないと首を振る。
と、話しは済んだとばかりに氷麗ちゃんが奴良リクオ君の腕を引っ張った。
「さあ、リクオ君! 張り切って買い物に行きましょう!」
「うわっ、ちょっと待ってよ、氷麗! あ、有永さん。引き止めてごめん! また明日!」
「うん。バイバイ!」
奴良リクオ君は鼻息の荒い氷麗ちゃんに引かれながら、人ごみに消えて行った。
厳つい顔の男の子も一緒に。
さて、次の電車はいつ来るかな?
引きとめられ、一本帰りの電車を逃してしまった私は、時刻の表示された電光掲示板に視線を向ける。
そして次の電車を待ちながら、さっき奴良リクオ君に掴まれていた腕を見た。
もう緊張は去ったが、まだ掴まれた感覚が残ってる。
その感覚に何故か心臓がトクトクと早まる。
そして、その感覚がずっと残っていればいいのに、と願う自分が居た。