第4章 渡り廊下で恋をした
君は僕の名前も知らない。
どころか、顔も知らないだろう。
僕は君の顔は知っている。
名前は知らない。
知っていることといえば、
君は多分1年で、木曜の5時間目は音楽だから、
木曜の昼休み、だいたい予鈴がなる5分前、
リコーダーと音楽の教科書と筆記用具を持って、
友達とおしゃべりしながら、この渡り廊下を渡る。
それだけ。
そして、そんな君とすれ違う。
それは、僕の高校生活で一番素敵な瞬間。
今日も…
君は、おしゃべりに夢中って感じで、前もろくに見ないで歩いてる。
僕は意識しているのがバレないように、なるべく自然に、
と自分に言い聞かせながらも、正面から歩いてくる彼女を盗み見する。
可愛い。というより美しい。
彼女の髪が太陽の光に照らされて、金色に輝いているように見える。
教科書をギュッと握りしめる指。
何を話しているかまではわからないけど、楽しそうな笑い声をもらす唇。
どれをとってもまぶしい。
そして、すれ違う。
あの子は友達と音楽室へ。
僕はひとりで教室に。
…
僕は自分の教室に戻り、自分の席に座る。
僕は教室を見渡す。
もうすぐ予鈴が鳴るっていうのに運動部の女子たちがお菓子をひろげてワイワイおしゃべりしてる。
教室には自分たちしかいないと思ってそうな彼女たちの様子を見て、僕は考える。
彼女たちの世界に僕はいない。
同じクラスなのに彼女たちとは一言も話したことはない。
渡り廊下のあの子。
あの子もきっと、あっち側の人だろう。
たとえ、あの子と一緒の学年、一緒のクラスだとしても、
あの子と話す機会なんて、僕には訪れなかっただろう。