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ブーゲンビリア

第1章 突然の来訪者





「めぐみ様…っ!」
「!?!?!?」

私と彼は向かい合わせで座っていた。近くもなく遠くもない距離で。その距離を、彼は自身で零にしたのだ。要は、彼にぎゅっと抱き締められていた。

もう頭が考える事を放棄した、というか、それどころではなかった。生まれてから今まで、母親にだって抱き締められた事はきっと物心ついてから片手で足りるほどだろう。私は誰かと密接に接するという事自体があまり得意ではなかったため、この歳になって、異性とこれほど密着するような状況は初めてだった。故に、私の混乱ぶりはそれはもう果てしない。

そんな私を完全に置いてきぼりにしながら、彼は更に深く深く私を抱き込む。まるで縋る様に、乞う様に、求める様に、確かめる様に。苦しいほどの力で抱き締められたかと思えば、彼はうっとりと呟いた。

「めぐみ様…お慕いしております…ああ、貴女にこうして触れられる日を、ずっと夢見てきました…。」
「え?え!?」
「出来るならずっとこうしていたいくらいです…。」
「はい!?」
「これから毎日一緒に生活が出来るのですね…夢の様です…はぁ、めぐみ様…。」
「ちょ、あの、篝さん…!」
「僕の事はどうか、朔夜とお呼び下さい。」
「いや、あの…、」
「めぐみ様…。」

彼の様な男性に熱っぽい吐息の様な声を耳元で囁かれ、赤面しない女性がいるのならぜひともお会いしてみたい。髪を撫でられたり、確かめる様に肩や背に触れられたり、首元に顔を埋められたり。男性に免疫のない私には刺激が強すぎるこの状況に、出来るのであれば意識を手放してしまいたかった。しかしそれも叶わないので、無意識にどうにかこうにか彼の腕の中から逃れようと身を捩る。それさえも許さないという様に抱き締められ、まるで堪能するように彼は深く息を吸い込んだ。

状況についていけない私に漸く気付いたのか、数分後に私は解放された。あまりの嬉しさについ体が動いてしまった、と照れ臭そうに言った彼を誰が責められようか。同時に謝罪もされたが、私の脳内はそれどころではない。恥ずかしさと、戸惑いと、よく分からない感情がごちゃ混ぜになっている私を尻目に、彼は言う。

「これから、よろしくお願い致します。全力で、お守り致します。」

その日から、恭しく礼儀正しく頭を垂れた彼との、奇妙な同居生活が幕を開けたのだった。





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