第1章 突然の来訪者
それは突然の事だった。
前触れなんてものは一切無かったので、私自身この状況についていけていないことは痛いほど自覚している。少々幼少期や思春期に問題はあったが、この度4月から花の女子大生としての生活がスタートするはずだった。実家から通う事が出来ないため、どうにかこうにか親族を宥めて生まれて初めての一人暮らしを予定していた。家具や家電も一通り揃え、新生活に備えて一月前から新居に引っ越す段取りを考えていた。そして、今日は引っ越し当日。無事滞りなく作業は進み、業者も居なくなり、漸く一息吐けた昼過ぎ。これから始まる新たな門出にうずうずと落ち着かない気持ちになりながら、とりあえずはこの段ボールの山を片付けようとフローリングの床から立ち上がった瞬間。
ピンポーン
響き渡ったインターホン音に、条件反射に玄関へと視線を向ける。まさか引っ越してきた当日に来客だろうか。本家の人間だろうか。はたまた新聞等の押し売りだろうか。些か不審な空気を感じながらも居留守を使うわけにもいかず、再び鳴ったインターホンに急かされるようにしてガチャッとドアノブを回す。覗き穴から相手を確認しなかったのは不用心だと思ったが、後の祭りである。この時居留守を使ってしまえば良かったのだろうかと、私は未だに自問の自答をしている。しかし例えこの来客に対応をしていなかったとしても、遅かれ早かれ現実は待ち受けているのだ。これから自分の身に降りかかる出来事の予感など一切出来ないまま、私はその扉を開けてしまったのだ。
「こんにちは。」
「…こんにちは…?」
扉を開けた先に居たのは、小柄な自分よりずっと身長の高い少年。否、青年だろうか。顔立ちの整った、言ってしまえばテレビや本の中で目にするようなとても格好良い男だった。今時珍しい染色されていない黒髪に、甘いマスク、均等のとれた四肢、そして悩殺スマイル。一体お前は誰だと言いたくなる自分をぐっと堪えて挨拶したはいいものの、やはりハテナマークが飛び交った。混乱している私を尻目に、男は返ってきた挨拶に笑みを深めて続ける。
「中山めぐみ様ですね?」
「…そうですけど…あの、」
「本家から参りました、篝朔夜と申します。これからめぐみ様の警護としてご一緒させていただきます。」
「………え?本家?」
「はい。」