第3章 ショッピングモール
あれから二人で家を戸締りして出発し、今はショッピングモール内。始終上機嫌な篝さんは、私がスーツの採寸をしている間にカフェで買ってきた飲み物を片手にベンチに腰掛ける。次いで私をそこへエスコートして、私の分の飲み物を渡してくれる。手荷物は自分で持つと言い張ったが決して頷いてもらえず、今も篝さんの横に鎮座している。こくりこくりと温かなココアを飲みこめば、優しい甘さが口内へ広がり思わず顔が綻ぶ。そんな私を穏やかに嬉しそうに見ながら、篝さんは言った。
「めぐみ様に、一つお願いがあります。」
「?」
「敬語は必要ありません。それと、僕の事は朔夜とお呼び下さい。」
「え、」
まさかそんな事を言われるとは思わなかったので、ビックリしてしまう。篝さんからすれば私は警護の対象なのだから、その言い分は分かる。しかしその言葉の裏には、どこか懇願する響きが含まれている気がしてならなかった。じっと見つける篝さんへ、意を決して口を開く。
「分かった。えっと、朔夜、さん。」
「敬称も不要です。」
「えっ、」
「朔夜、と。」
「…朔夜。」
渋々呼べば、本当に嬉しそうに朔夜は破顔した。そして、そっと飲んでいたココアを取り上げられる。自らも飲んでいたコーヒーをそっとベンチに置いて、何をするのかと思っていたら、私の目の前に傅いた。ぎょっと目を見開き焦る私を尻目に、朔夜は私の左手をそっと掴んで自らの口元へ導く。周囲からの好奇の視線をビシビシ感じてワタワタする私に気付いているだろうに、構わず続けた。
「めぐみ様、お慕いしております…。」
視線を合わせて甘く囁いたかと思えば、そのまま目を伏せて薬指に口付ける。周囲が湧いた。その反応で恥ずかしさといたたまれなさで爆発しそうな私は、何が分かったのか必死に「分かった!分かったから!」と無理やり切り上げて朔夜の手を引っ掴み、逃げる様にショッピングモールを後にした。
無意識のうちにその間繋がれた手を見て、朔夜が嬉しそうに口元を綻ばせた事には気付けなかった。