第19章 horizon.(片倉小十郎)
一人自室へと戻ったは手に持っていた扇をゆっくりと開き見つめていた。
本当なら政宗に見て貰う筈だった舞い。
はおもむろに部屋の中で舞い始める。
(見て、貰いたかったな…)
鼻の奥がツンとして、徐々に視界がぼやけている気がした。
左、右、左、左、前、右。
昼間の稽古を思い出しながら足を動かす。
扇は風に遊ぶ蝶のように。
「なんて顔で舞っていらっしゃるのです」
涙を浮かべたまま、厳しい表情で舞い踊る最愛の姫君。
扇を上に翳したところで後ろから掛けられた声には驚いて振り返った。
「小十郎……」
「御茶をお持ち致しました」
「いいって、言ったのに…」
は隠すようにして目元を擦った。
「恐れながら、お部屋に戻られる際に少し震えていらっしゃると…お見受けしたもので」
「………」
「お身体を冷やしては毒にございます、それにそんな風に擦ってはなりません」
後に残ってしまいます、と小十郎は目を擦っていたの手を止める。
「その様な舞いではまだまだ政宗様に披露なさるには早いかと思われますが?」
「いいの…どうせお兄様は私の舞いなど……」
そこまで話すとは下唇を強く噛み締めた。
小十郎はその桜色をした唇にそっと指で触れる。
普段ならそんな行動を絶対に取らない小十郎には驚いて大きな目を更に大きく見開いた。
「こ、小十郎…?」
「恐れながら様にはお教えしなければならない事がまだまだ多くございます」
唇にあった小十郎の手はゆっくりと降下しの腰に添えられる。
ドキリと胸が高鳴り、は持っていた扇を落としそうになってしまった。
部屋の灯りを僅かに映す小十郎の眼鏡。
その先の瞳に自分の顔が映っている、そこまで見えてしまうほど二人の距離は縮まっていた。