第1章 Who are you?
「んっ……」
ひくり、瞼が小さく痙攣する。
きゅうっときつく目を瞑ってから、ゆっくりと開いていった。
何度か瞬きを繰り返し、はっきりとしてゆく視界に捉えた覚えのない景色に、首を捻る。
「……ここ、は」
白い、まるで病室のような部屋に響く、掠れた自分の声。しばらく喋っていなかったのか、喉が乾いてはりつくような感覚がある。できれば何か、飲むものがほしい。
「…………!」
ばさり。
ふと空気を揺らした音に、振り返る。
そこには金のくせ毛を震わせる、眼鏡をかけた美青年の、姿。
彼はわたしの方を見て、目を見開いていた。足元には、大きな赤い花束が転がっている。
「あ、の……?」
「ッ……姉さん! 目が、目が覚めたんですね…!」
「きゃ……!」
おそるおそる声をかければ、泣きそうな顔をした彼は、わたしをきつく抱き締めてくる。
綺麗な顔がすぐそばにあることで、だんだんはっきりしてきた頭は、羞恥を感じ顔へ熱を集めた。
「あ、あの、……くるし、」
とりあえずこの状況から逃れようと、軽く彼の背を叩いてみる。
「! す、すみません」
慌てて力を緩めてくれた青年は、けれどわたしを離そうとはしなかった。安堵、のような表情でわたしを見つめる彼には申し訳ないけれど、どうにもこの顔に、覚えがない。
と、いうか、そもそも。
「あなたは……ううん。わたしは、誰?」
自分が誰かも、思い出せなかった。
ああ、目の前の美しい顔が、絶望に染まる――けれどごめんなさい、わたしには、なにもわからないの。
だからあなたにかけてあげるべき言葉も、わからない。
ごめんね。
一言だけが、こだました。