第10章 9.君の色
「……ただいま」
一時間と少しすると、彼はうちに帰って来た。ちょうど昼食が出来上がったところだったので、私はすぐに玄関に駆け寄った。
「おかえり、クロハ」
「おう、ただいま、彩芽……昼飯、作ってたのか」
「うん!早く食べよう」
早く食べよう、と促すと、クロハはすこしばかり意外そうな顔をした。もしかして、怒られたりとかを覚悟していたのかもしれない。……私がこんなことで怒るわけないじゃないか。
「どうしたの?クロハ」
「あ、ああ、いや……なにも聞かないんだなと思って」
「何か言うことがあるときは、クロハから言ってくれるでしょ?」
「……、ああ」
クロハは一瞬だけ目を伏せた。……それから、すこしだけ申し訳なさそうに「ごめんな」と呟いた。
「なにが?」
「……いや、こっちの話だ。早く飯食おうぜ」
「うんっ」
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昼食は鳥肉を炒めたものにした。近頃鳥肉ばかり食べている気がするが、まあカロリー低めだし問題はないだろう。
ちゃんと野菜も摂ってるし。
「はー、やっぱ美味えな」
「そんなに褒めてもなにもでないよ……」
「褒めたらお前がまたがんばって料理の腕が上がるだろ?」
「あはっ、そうかもね」
これこれ。この軽口こそ、クロハだよ。昨日の慇懃無礼な態度のクロハも好きだけれど、こっちのクロハの方が好きだ。
「……」
ふと、クロハが私の髪に触れる。
「お前の髪は、澄んだ黒だな」
「え?……何を、突然」
「いや、少しな。思い出したんだ」
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この身体は元を正せばコノハのものだった。
あの白色に、無理矢理黒色をぶち込んだ。つまりは、この身体は偽物の黒、……濁った黒だ。
それにくらべて、彩芽の髪は純粋な黒色だ。宵闇の色を鏡移しにした、純粋、生まれつきの黒さ。
「俺の色は、濁った黒だからな」
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濁った黒。
確かに光を反射しない、彼のその深淵の闇を写したような黒さはそう形容されてもおかしくはないかもしれない。
けれど、私にとっての彼はそうではない。
「ねえ、クロハ。私にとって、クロハの色は、澄んだ金色だよ」
「……は?」
「私を見つめる、その瞳。それが、私にとってのクロハの色なの」
手を伸ばして、彼の頬に刻まれた模様を撫でる。
と、彼はくすぐったそうに笑った。