第10章 9.君の色
「……」
今朝、クロハはいつものクロハに戻っていた。
けれど、なんだか口数が少ない。
いつもならうるさいぐらいにかまってくるクロハが、驚くぐらい無口なのだ。
「……アヤメ、ちょっと出かけてくるわ」
「あ、うん……ど、何処行くの?」
「ちょっとな。……すぐ戻る」
こんな感じで、何かを教えてくれたりなんかもしない。
「……」
明らかに、今日のクロハも様子が変だった。
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「……」
思わず、ほとんど何も言わずに家を出てしまった。
昨日はあの有様で、今日に至ってはこの現状だ。……正直行く当てなんてないし、どうするべきかもわからない。
「……」
頭の中に、ヒヨリ──《 眩ませる 》にいわれた言葉が谺する。
手を引け、と。
「なら、この気持ちはどーすりゃいーんだよ」
誰もいないはずの通路に、俺の声がぽつりと響いた。
と、同時。
「そんなの、好きにすればいーじゃん」
背後から身の毛もよだつような青年の声が聞こえた。
「……てめえ、カノか」
「うん。来ちゃった」
「終電逃した彼女みてえなこと言うんじゃねえ馬鹿野郎、何しにきた」
「べっつにい〜?何処かの蛇さんがー、恋愛感情について悩んでるみたいだったからー、ちょこっとアドバイス!」
カノは愉快そうに笑っている。てめえも同じ目に会いやがれ馬鹿がなんて思いながら、それでも話は聞いてやる。
アドバイスが聞きたかったわけではない。断じてない!
「誰かに言われたら諦めるなら、恋なんてその程度なワケだよ。
自分の気持ちに素直にならなきゃ、ね?」
壁に寄りかかって、カノは言う。
「恋とか愛とかはさ、障害があったら乗り越える、もしくは障害後とぶっ壊す。それくらいの気分でいなきゃダメなんだよ。
ま、君がどっちを選ぶかは君次第だけどね」
「……」
「大方さあ、ヒヨリちゃんに何か言われたんでしょ」
……。
図星だった。
「クロハくん。僕はね」
カノがこちらに距離を詰めてくる。
「……僕はねえ、君に不幸になって欲しくないんだよ」
「何故だ?」
売り言葉に買い言葉で返すと、カノはいつもにまして無駄にうざったく笑う。
「簡単だよ。僕は鹿野修哉とは違って、君を仲間としてみているんだもの」
………仲間と、して?
「ま、それはヒヨリちゃんも同じだと思うけどね。それじゃ、また」
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