第9章 8.二つの翳り
朝起きたらクロハが別人だった。
何を言っているかわからないと思うけど事実です。
敬語・皮肉屋・慇懃無礼。
「ねえクロハ」
「はい、どうしました、我が主」
気持ち悪。
「クロハなんかいつもと違うけど、どうしたの?」
「あぁ、この口調ですか」
クロハは目を細める。
「これはですね、まあ、少々理由が有りまして」
朝食を摂り終え、クロハはお皿を片付けながら、わけを話してくれた。
「こちらが、本来の私なのですよ。
普段あなたと接している彼とはほとんど別人です。
私は《冴える蛇》。彼の記憶の部分を取り持つ存在です」
話を聞く限りでは、クロハは今の体の中に入ったときに元の体の持ち主と、冴える蛇の人格が混ざり合い生まれた存在で、それ故にかなり曖昧な存在なんだそうだ。
まあそれは置いといて。
彼とクロハは、ほとんどのものを共有していないが、知識と感情だけは共有しているそうだ。
何処かで聞いたことのある設定だなあ。……いや、触れてはいけないんだろう。
「だから、つまり?私のことはわかるし、好意は感じてる、と」
「はい。
だがしかし、普段の彼と私の間では、この好意の解釈が大きく違います」
「解釈?」
「一口に好きと言っても、いろいろあるでしょう」
「ああ、なるほどね」
「私があなたに持つ思いはどちらかというと、敬意のようなものですね」
「敬意……かあ」
どことなくよそよそしくて嫌だなあ。
「それで、どうしてあなたが出て来てるの?」
「どうやら、普段の彼の方が少々考え事をしているようでして」
「考え事?」
「ええ、少々ね」
何のことだろう、気にはなるけど、こればかりはなんともできない。
「まあ、すぐに解決する悩みですよ、些細なことですから。下手に気にしない方がいいです」
そう言われてはっとする。じっさい悩んでいるクロハの相談に乗ってやることもできないわけだし、そのくらいの距離感の方がちょうどいいのかもしれない。
「うーん、わかったよ」
「それでよろしい。今日もいつも通りに過ごしてくださいね」
そついうわけで──わたしは今日も、いつも通りに過ごした。
珍しく、昼に何かあったわけでもなく、のんびりと日は暮れていった。