第4章 4.あなた
一時間近くしてから、彩芽は風呂から出て来た。
「おかえり」
「ただいま」
タオルを肩にかけ、何処と無く虚ろな目でテレビの前に座り、チャンネルをニュースに合わせる。
「あ、見て、クロハ。スキュータム社が新しいケータイ電話出すんだって」
「スキュータム?」
「ラテン語で『楯』って意味。パソコンとか、ケータイ電話とか、電気製品出してる会社なの」
「……ふーん」
楯、か。
そういえば、あの時の俺の願い主様も、「楯」なんて名前に入ってたな。そんなことを考えつつ、ニュースを眺める。
〈また、今回、追加機能で、目が覚めるような声のナビゲートが──〉
そのアナウンスの後に聞こえて来た声に、冷や汗が溢れる。
「あー、あー、ご主人、聞こえますかー」
其の後のアナウンサーの声はほとんど耳に入ってこなかった。
「……彩芽、俺も風呂入ってくる」
「ん?うん、わかったー」
学習型AIだなんて呼ばれていたが、あいつ、《覚ます》の子じゃないか。一体何がどうして、ああなっていたんだ。
「……」
シャワーを浴びる。
「ああ、俺も同じか」
以前、俺の願い主は、カゲロウデイズに飲み込まれたままの自らの妻のことを「あの夏の温度に縛られている」と表現した。
俺も同じだ。
俺も、あの夏の……8月15日に、縛られたままだ。
「アイツらは前に進んで、それぞれ人生を歩んで、生涯を終えたのに」
死ぬことすら許されず。
かと言って生きることも許されなかった自分が、解放されるわけもなかった。
「……」
滴が頬を滴り落ちる。落ちた滴は存外熱くて、シャワーの水なのか汗なのか、それとも。
……なんなのかは、わからなかった。
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