第1章 call
「……はあっ、はあっ」
額に汗が滲む。呼吸も乱れる。地面を蹴り上げるたびに、揺れる髪の毛が頬に張り付くのが鬱陶しくて堪らなかった。
「んっ、はあっ……はあっ」
心臓が煩い。それでも、足を止めるわけにはいかない。もつれそうになる足をなんとか動かして、薄暗い森を駆け抜ける。
夕陽が沈む、夜が落ちてくるみたい。
「……は、んっ、はあっ」
少し冷えた空気が喉の奥に入り込んで、一気に肺を凍らせてしまうんじゃないかと思えた。苦しい。
馬鹿みたいに鼓動は速くなって、今にも胸が苦しくて倒れてしまいそうになる。けれど今止まってはいけない。振り向いてはいけない。私は走り続ける。
走る。走る。ただ、ひたすらに。
そうすれば、いつか終わりが来ることを信じて。
「はあっ、もう……駄目っ」
私以外の足音はしない。撒いた?
見慣れない木々の間を駆け抜けて、追手が来ていないことを願うしかなかった。
この生い茂る木々を抜ければ、きっとこの悪夢が終わるのだと信じて……。
――白い
違う
――赤い
そうだ
ただ夢の中は白とも赤とも黒とも違う、真っ青な海の中。私は海の底に沈んで、身体を丸め込ませる。息は出来る、心臓も動いている。けれど、未だ目を開けることは出来ない。
何処からか光が差し込んできて、薄暗かった海を照らす。
光に向かって手を伸ばせば、夢は終わる。
それを知っているから、私は今日も手を伸ばした……――。