第30章 人形
「私も、同じです。平助君、颯太君も、そしてあなたとも。争いで解決させたくない。」
「綺麗事だな。私の事など忘れてしまっているお前の言葉など、ただの理想。希望的観測の範疇であるが故に脆すぎる思考。」
「…わかっているつもりです。それに、私本当に悩んでいるんです。ここの人でないのなら、歪んでしまう前にちゃんと帰らなければならないんじゃないかって。」
八瀬姫の後ろに目を向ければ、互いに刃を向け合う人外の姿を纏った2人が未だに対峙している。
実力を抜きにしても、本気で殺しにかかる颯太をあくまで抑えようとする藤堂が不利な事には変わりない。
この状況を打破するための簡易的な付け焼き刃な事を否定できるほど久摘葉は強くない事を自覚している。
それでも八瀬姫から目をそらす事はなかった。
「一つ問おう。お前は千月か、それとも久摘葉なのか。」
「今の私は…、残念ながら強がっているだけです。でも、演技や嘘でもありません。だからきっと、今の私は…千月の仮面を被った久摘葉です。」
「そうか。」
「夜真木、下がれ。」
「っ…………。」
颯太は苦痛に顔を歪めながら半歩引くと、刀をおさめる。
瞳の光は残っている。それでも悔しそうな彼の顔はとても見ていて苦しいものだった。
「…どういうつもりだ。」
八瀬姫にそう聞いたのは藤堂だった。
このまま続けていれば早かれ遅かれ目的を達成していたのは八瀬姫。
口にこそしなかったが、それをわかっているのだろう。
「自らの意思で戻ってくるのなら、それに越した事はない。」
八瀬姫はやはりといったように表情を崩す事なく答える。
「しかし、なんの不利益もなく時間を得られると思わない方がいい。私は甘くはない。邪魔者は全て消す。
…長くは待たん。七日後、お前の元へ便りが届くだろう。」
未来視の力を持つ八瀬姫が、自ら不利になる行動を取るとは到底考えられない。
それは間違いのない事実であると訴えるように念を押すと、久摘葉達に背を向け、夜闇の森へと消えていった。