第30章 人形
たったそれだけの命令が、颯太を変えた。
「此奴の鬼の姿を眺めるのはいつ以来か。…醜い。」
颯太は即座に変若水を体に馴染ませると、その鬼の姿を初めて藤堂達に晒した。
額左側にのみ生えた不自然な角。月光に輝く銀髪。
金色の瞳で捉えたのは久摘葉の姿。
「久摘葉、下がれ!」
藤堂はその異質な姿を前に抜刀するも、敵を相手にする、というような覇気は見せなかった。
「お前…どうして変若水を…!!」
「帰るためには羅刹が必要なのだろう。それに則っただけのこと。夜真木、邪魔立てする者も全て始末しろ。」
「っ…。わかってる。」
颯太は自我を失った訳ではない。
しかし、体は八瀬姫の言いなりに動いていた。人形師の手に掛かり、自由を奪われたように。
鞘から引き抜かれた刃はほんの少しの迷いすらなく久摘葉へ向かう。
それを許すまいと間に割り込み応戦する藤堂。
容姿の似た両者の戦いは、互いに自分自身を傷つけ合っているように見える。
久摘葉はそれに強い既視感を覚えた。
なんで
どうして
純粋に答えを求めるその疑問。
目の前の冷たく苦しい戦いを見れば、それは疑問などで済ませては今の自分の気持ちを落ち着かせるものには到底及ばない。
募る思いを慎ましく己の淵に抑え込む。
「夜真木!一体どうしたって言うんだよ!なんでお前が久摘葉を傷つけようとしてるんだ!」
「黙れよ。何も知らない奴が出しゃばってくんな。これは俺らの問題だ。」
微かにこぼした斬撃は頬に、腕に、腹部に傷を負わせていく。