第24章 消失
「生まれながらに羅刹と同等以上の力を有している君ならば、これから築き上げる羅刹の国の盟主に相応しい。」
「私はそんな事に手を貸したりはしません!」
当然久摘葉はそれを拒む。
「君の意思など必要ではありません。羅刹になってしまえば、私の従順な僕になる。抵抗しても結果は同じなのです。」
しかしその拒絶を山南は何一つとして聞き入れなかった。
逃げる久摘葉をさらに追い詰めるように、山南は言葉を止めなかった。
「羅刹は所詮戦いの場でしか生きられないもの。側から見ればただの化け物に過ぎません。
しかし今は一時の平和さえ微かなもの。羅刹にとっては生きる場が与えられた有意義な時代でもあるのです。
君が力を貸しさえすれば、それは間違いなく羅刹の救いとなるでしょう。君が慕う藤堂君も結果的に救われるのですよ。」
それは久摘葉を従える為に敢えていい言い方をした言葉である事は確かだ。
その言葉を聞くだけでは、協力しようとも思える内容だ。
けれど久摘葉の脳裏に浮かぶのは血に汚れた市中の様子。怯える人々。警戒する新選組の隊士達。
「羅刹を救う為に他の人々や鬼を害するなんて出来ません!」
久摘葉もまた、以前の山南を思い出させようと必死に訴える。しかしこの状況が良い説得の言葉を見つけ出そうとする行為を妨げる。
思考を巡らせる事と逃げる事。二つを同時に行う事は難しい。
考えれば考えるほど足は徐々に速度を落とす。
ついに逃げ場を失い、立ち往生する久摘葉。
久摘葉の周囲を取り囲む羅刹。山南は久摘葉の正面から割って入ると、自身の腕を斬って流れる血を口に含む。
残酷に笑う山南に怯えていた時、羅刹の包囲網を破り久摘葉を横へと吹き飛ばす影があった。
その人影は、久摘葉に向けいつもの優しい笑みを見せる。
その笑顔のまま、瞳だけは曇らせながら山南の腕の中に閉じ込められ、口移しで血を呑まされた。
その驚愕の光景を前に久摘葉は声にならない様な悲痛な叫びを漏らす。その声は空気に掻き消されて何処にも届かない。
ただ其処には、何も出来なかった久摘葉と、一足遅く駆けつけた藤堂、そして風間の姿が暗闇に薄ぼんやりと浮かんでいた。
その2人の姿を前に久摘葉は、涙ながらに叫ぶ。
「千姫が…。千姫が…!」