第24章 消失
逃げながらに感じた事、それは何より羅刹の数。
すぐ近くに羅刹が迫る中、久摘葉の前に山南がゆっくり近付いてくる。
「貴女は何故、と思っているでしょうね。何故、こんなにも羅刹が存在しているのか。
江戸市中の辻斬りをご存知でしょう。死体の無い辻斬りを。
そう。彼らはまだ死んでいないのですよ。重傷を負わせ、血を啜った後、薄い意識を保っている彼らに決まってこう言うのです。これを呑めば生きられます。どうしますか?、とね。」
そこにはもう山南の仲間としての姿は何処にも無い。
変若水に魅了され、囚われた羅刹の姿だけが存在していた。
薬を呑んだ後の詳しい詳細を聞かされず、ただ"生きられる"と暗示をかけられるように言われれば、拒む者などそうはいないだろう。
「じゃあ夜の巡察でしていたのは、不逞浪士の取り締まりではなく、羅刹隊の強化だと言うのですか!」
「まあ、そういう事になりますね。もっとも、不逞浪士の取り締まりも行ってはいましたがね。」
「何故こんな事をするのですか!治安部隊だった新選組の貴方がこんな事をして、一体何をしようと言うのですか!」
今自分が置かれている立場など、気にしている場合では無かった。
久摘葉にとって、その非人道的な行為は癇に障った様だ。感情的に叫び散らすその姿は、何時ぞやの伊東に向けて発せられたものと似ているような気がする。
しかし久摘葉のその言葉を受けた瞬間、山南の周りを取り囲む空気が変わった。
「君にはまだ話していませんでしたね。」
山南は変わりなく冷静であると同時に、気迫のこもった重い言葉を紡いでいった。
「羅刹隊の大幅強化。それは必要な事です。羅刹の国を築き上げ、人も鬼も屈服させる為には、ね。」
久摘葉は一瞬、何を言っていたのか理解出来なかった。
耳には一語残さず届いていたものの、その内容を理解するには長い時間を有した。
そして、その言葉の中には、久摘葉の知りたい大切な内容が欠けていた。
次の言葉を最後に、久摘葉の中の山南は光を失った。
「君にはその羅刹の国の盟主になって頂きます。」