第23章 敗走

「但し八瀬の姫よ。お前は事が片付いたら迎えに行く。待っていろ。」

それだけを言い残し、風間は天霧と共に姿を消した。

「なあ、さっきの風間、妙にあっさりしてなかったか？一体どういう事だよ。」

同時に、先程の一件の説明を要求する藤堂。

「うん。ちゃんと説明するわ。その前に。ごめんね、久摘葉ちゃん。ずっと貴女に大切な事を教えないままでいた。一度に全部教えたら混乱してしまうと思ったの。」

「謝らなくて大丈夫ですよ。実際私は混乱していたから。」

そうして颯太より伝えられた先程の一件の真相。

群青桜の簪は十鬼夜当主の証にして絶対命令権。八瀬以外の鬼に争う事の許されない命令を下す事が出来るというものだった。

「関ヶ原の戦いで日本が東と西に分かたれる前に存在した、十家の鬼の頭領が属する十鬼衆。お前ら新選組に関わりのある風間や天霧、不知火、そして雪村も元十鬼衆の家柄だ。
十鬼夜家ってのは、その十鬼衆の闇。鬼に害をなす人間を駆除する特殊な鬼の一族。十鬼衆を統括していた八瀬家の直属の部下みたいな位置付けにあって、その立場も八瀬家の次に強かったんだ。」

「だから、あの簪が自分を守る唯一の方法だって…。」

「でも、これはあくまで敵が鬼だった場合の話。これで風間さんはもうお前の事をしつこく狙ったりはしないけど、敵は何も風間さんだけじゃない。」

久摘葉自身が人外の存在であると確信が持てるようになった事は、ある意味では良い事だったのかもしれない。

しかし、人でないと知った時の驚きと虚しさは、久摘葉の記憶ですらも雲がかって見える。

「相手が人でも、鬼でも、オレが久摘葉を守る事には何の変わりもねえよ。」

それでも心強い味方のおかげで、前向きに確実に進んでいける事は純粋に苦しみをかき消してくれるものだった。

いつか、忘れてしまった過去も、暗雲立ち込める今も、笑って思い出せるような未来が来る事を、ここにいる皆が切に願っていた。


その後千姫と別れた久摘葉、藤堂、颯太の3人は皆と合流すべく、大阪城へと急いだ。

戦況は新政府軍が錦の御旗を立てた事で圧倒的優勢となった。くれぐれも気をつける様にと、別れ際に忠告する千姫。

そんな千姫の柔らかな人柄が程なくして陰る事になろうとは、まだ誰が予想する事でもなかった。