第23章 敗走
「なんだ貴様は。」
「あーあ。わからないかぁ。京を統べる古き鬼の一族なんて言われてるけど、やっぱり名ばかりなのね。そっちの天霧さんの方は一目で分かったみたいだけど。」
身分を分かりやすく明かし、初対面であるはずの風間にもその立場をわきまえさせる。
「成る程。八瀬の姫か。戦いの最中に交渉を求めるとは一体何様だ。」
「久摘葉ちゃんは諦めなさい。」
久摘葉は突然出された自分の名に驚く。
「子を産ませる為に久摘葉ちゃんをねらってるみたいだけど、それなら私が産んであげる。だから諦めなさい。」
久摘葉には訳が分からなかった。突然明かされた風間が自分を狙う理由が、交渉の場で知る事となったのだから。
記憶の穴が塞がれる事は、願っても無いはずなのに、久摘葉は素直に喜ぶ事は出来なかった。
「今となってはそれだけが理由ではない。鬼としても協力な力を有しているのだ。これ以上人間と行動を共にしていれば悪用されかねん。」
更には逃げ回りながら考えていた疑念も確実なものへと変化した。
それでありながらも、何故か耳から耳へと筒抜けになる言葉の数々に疑問を感じていた。
「久摘葉ちゃんの幸せは鬼の中でこそ生まれないものなのよ。久摘葉ちゃん自身が人間と共にいる事を望んでいるの。」
「そうして裏切られた鬼がどれ程いると思っているのだ。」
両者共に譲らない交渉が続く。
その交渉の当事者である久摘葉は、次々と明かされる自身の正体に戸惑いを感じていた。
しかし、内容は全く入って来なかった。抜けた記憶の穴に上手くはまることなく、いや、それどころか、どの記憶に当てはまる事項なのか、わからなかったのだ。
抜け落ちた記憶とは別に、今久摘葉が初めて聞いた内容として新しく上書きされただけだった。
そんな久摘葉の複雑な表情を横目に伺いながら、これ以上は記憶についての情報を聞かせまいと颯太も行動に出る。
「久摘葉、あの簪、今持ってるか?」
「え…?う、うん。持ってるよ?」
「その簪を持って風間さんに向けて自分の意思を主張してこい。」
久摘葉にとってはその行動程度で何かが変わるとも思えなかったが、この状況を打破するには颯太に従うしかないと、言われた通りに袂に手を入れ、簪をぎゅっと握りしめる。