第20章 零
「実際は殺されないんだ。久摘葉は。ただ無理やり命令を遂行させようと脅してただけなんだよ。」
だからこそ、自分がどう思おうと、千月が思うままに帰してやりたい。そう思っていた。
しかし帰すことがどれほど恐ろしい事なのか、夜真木は関係者としてその全貌を知っている。
全てを踏まえた結果がこれだったのだ。
「変若水。久摘葉に変若水を飲ませる気なんだ。」
夜真木のその言葉にあるものは驚き、あるものは疑問を抱き、またあるものは若干ながら怒りを覚えた。
「俺たちの世界の変若水は鬼が飲めば不老不死にする霊薬にまで進化した。」
「でも、お前や千月を殺った羅刹は心臓を突いても死にはしなかったけど自我はなかったんだろ?それじゃあただ狂っちまうだけなんじゃ…」
藤堂はあくまで冷静に、本当の表の感情をなんとか堪えて。
「完成していた。俺が帰った時。永遠の命と引き換えにするのは己の感情。何も考えず、何も思わず、ただ言われた事だけをする。意志のない存在。」
颯太もまた話す内に感情が高ぶっていく様だった。それは憎み。
「八瀬姫は…俺たちの主は、鬼の復興の為ならなんでもする。子孫を繋ぐ中でやっぱり重要なのは、どうやって強い鬼の血を残し続けるかだ。女鬼はそこそこいるにはいるけどみんな血筋が悪い。だからあいつが何をしようが、誰も久摘葉を殺せないんだ。」
その計画の全貌は、誰が聞いても同じ感情を抱くのではないか。
「帰った久摘葉に変若水を飲ませ、自我を奪い、永遠の若さと命を埋め込む。
そして久摘葉を牢獄の中に閉じ込め、日の光を浴びること無く、誰かの優しさに触れる事もなく、ただ鬼の復興の為に子を生み続ける。命が尽きる事もないから終わりなんてない。永遠に。ただそれだけを。」
これが、久摘葉の運命。
でもそんな時に違う世界に来て、それが久摘葉にとってどれだけの希望なのか、夜真木はたった一人安堵していたのだ。