第20章 零
広間では更に張り詰めた空気の中で久摘葉、そして夜真木の今後の処遇について話が進んでいた。
「でも、久摘葉がもし本当に元の世界の事を忘れてるんだったら好都合だ。俺は安心して帰る事が出来る。」
「それって、元の世界にか?」
夜真木の言う"帰る"とは、言うまでもなく元の世界へという事だろう。
それは聞かなくてもわかる事なのに、藤堂は確認を取るように聞き返す。
「ああ。」
「それが、どうして千月の記憶が消えた事が好都合だと言えるんだ?むしろまずいんじゃねえのか?」
原田は言った。
確かに自分がいるべき本当の世界の事を忘れているとなれば、突然帰ると言われても何のことだかわからないはず。
しかし夜真木はそうは考えていなかった。
「お前らも聞いてるかもしれないけど、俺と久摘葉は人間を殺していた。その仕事は一度の失敗すら許されない。もし失敗したならば俺も久摘葉も殺される。ここに来た原因とも言えるあの日の任務はまさしく失敗だ。標的こそ倒したが、結果的に俺たちは殺された。」
「なら、お前らのとこでも、死んだ事になってんじゃないのか?」
永倉の疑問にも頷ける。
殺される可能性がある事は、八瀬姫も夢見の力によって知っていたはずだ。
しかし夜真木はそれも否定する。
「実は俺は一回あっちに帰ってる。だからあいつらも、俺と久摘葉が生きてる事を知ってる。
帰る方法は簡単だった。来た時と同じ事をすりゃあいいんだよ。お前らも知ってんだろ。俺と久摘葉がどうやってここに来たのか。」
単純だった。帰還方法は難しく考える必要などなかった。
でも簡単に試せる方法でもない。
だからこそ、一番可能性があったとしても最終手段でしかなかった。
それは久摘葉にとっても、おそらく夜真木にとってもそうだ。
「羅刹に殺されれば、帰れる。
俺は一度こっちで羅刹に殺された。んで、帰った。そこで八瀬姫…俺らの主に全部話し終えた後、久摘葉を連れ戻せと命令されてまたこっちに来た。丁度、御陵衛士が結成される前の事だ。」
「千月が殺されたくないからここに留めておきたいってお前の気持ちもわかるけどさ、千月はそれを覚悟の上で帰りたいって言ってんだろ?」
千月の決意を尊重すべきだと言い張る藤堂。
彼もまた、千月より大まかな事情を聞いている1人なのだ。