第17章 波
仲間が呆気なくやられている場面を見ているはずなのに、尚風間への攻撃に躊躇がないのは、彼らがとうに理性を失っている証拠だろう。
数打ちゃ当たる、とも言うが、これでは犠牲が増える一方だ。見るに耐えないものだった。
「ひっ…」
雪村さんが恐怖のあまり悲鳴を漏らす。その微量な声は一体の羅刹の耳に入っていたようだ。
血を求めてこちらへやってくる。
「くっ…。ぅっけほっこほ…。」
応戦しようとするも、またもや発作が私を襲う。
何とか抜刀し構えるものの、羅刹を相手に出来るほど持ちそうもない。
今日死を迎えるのは平助ではなく私なのだな。
羅刹の攻撃を辛うじて避けながらそう思った。
弱くなっていない、とは何度も言ったものの、実際私の体は著しく衰退していたのだ。
こんな体で何が守れるものか。
負の感情が私の中を覆い尽くした。
諦め、という感情も出始めていたそんな時、見慣れない姿の少年が目の前の羅刹を退け、私の手を引く。
私は突然の救世主に驚きながらも雪村さんの手を引き、共に走って行った。
「ここまで来れば暫くは大丈夫でしょう。お二人共、怪我はありませんか?」
私はこの人を知っていた。
「南雲薫か。どうしてここにいる。」
「やっぱり気付いていたんですね。先日は姿を偽っていてすみません。でも、貴女のお陰でようやく妹の居場所がわかったんだ。千鶴。」
南雲は静かにその名前を呼んだ。雪村さんは突然兄と名乗る存在が現れた事で困惑しているようだが、その反応が予想通りだと言わんばかりに笑う南雲。
「そうそう、貴女にはお礼をしなくてはいけませんね。ささやかですが、これを。」
南雲の懐から取り出されたそれは、月光を帯びて怪しく輝く小瓶だった。
中に入った紅の液体を見ればそれがどんな物なのか、私もよく知っている。