第17章 波
伊東暗殺当日。
私は御陵衛士に訪れていた。
伊東が今回の接待をどのように感じているのか確認の為に。
「伊東先生、本当にお一人で行かれるのですか。相手は新選組ですぞ。」
「えぇ。折角の近藤さんからのご好意ですもの。楽しんでくるわ。」
別段変わった風もなく、怪しんでいる様子もない。
「長州の動向を探る為に必要だと用立てた金で自らの首を絞める結果になるとは、新選組も哀れですな。」
「滅多な事を言うものではなくってよ。」
むしろ好都合だと言わんばかりに笑っている。
「桜時さん、貴女もし良かったら付いてこない?」
突然私を誘う伊東。
「おそらく新選組の皆さんと楽しくお話できるのもこれが最後になるわ。まだ新選組に未練があるのなら、一緒にどうかしら。」
思いがけない誘惑だった。
恐らく私には見張りが付く。戦いが繰り広げられてる時、屯所から出ることはまず不可能だろう。
だとすれば伊東に同行するか。伊東に怪しまれないために同行する事になったと言えば、たとえ土方さんであれど許しを得られるのではないか。
「いえ。情だけで動く事はありません。今から敵対関係であることを意識しておかなければいざという時に倒れるのは私自身です。」
伊東についていけば、帰り、夜襲をかける際に私も狙われかねない。
心では迷っていたのに、反射的にくちにしたのは真反対の事。自分の命を優先する結論だ。
何故、咄嗟にこの結論にたどり着いたのか、それは自分にもわからないが。
「やはり貴女は優秀ね。今後も頼りにしているわ。では、行って参ります。」
おそらく最後に目にするであろう伊東の背中を、視界から消えるまで見つめていた。