第1章 カナダ
「あの、ここは…」
「いいから、行こう」
男が建物の中に入ろうとした時だった。
「ちょぉぉぉっと待て!」
誰かに腕を掴まれ、少し緩んでいた男の腕をするりと抜け出す。
「やっと見つけた…」
息を切らしながらもそう言ったのは野木だった。
「何だ、相手が居たのか。悪かったね兄ちゃん」
俺をここまで連れてきた男が笑いながら言う。
「ほら、荷物。もう迷子になるなよ」
そう言って、男は建物の中に消えて行った。
怖い人じゃ、なかったのか?
何だかすっかり拍子抜けしてしまった。
「お前、直ぐ何処か行って面倒事に巻き込まれてるよな。どういうことだよ」
野木に軽く頬をつねられ、それを払う。
「知らねぇよそんなの。俺のせいじゃないだろ!」
「いいや、無防備なお前が悪い。ずっと言ってるけど、もう少し危機感持て!」
「だから何だ危機感って。意味が分からない」
「貴夜、お前って頭良いけどアホだよな」
「何だと!」
本当は、喧嘩何てしたくないのに。
こいつの事になると、何故か素直になれない。
「ったく……こんなことしてる場合じゃない。もう時間もないし、さっさと行くぞ、ほら」
何気無く差し出された手を取ろうか、少し戸惑う。
ここで取ったら、何だか負けた気になるから。
でも、それでも…。
「……うん」
こいつの手を掴んでしまうんだ。