第86章 【月島 蛍】手のひら一つ分の距離
放課後、教室の掃除が終わった後に私たちは一つの机に集まって学級日誌を書き始めた。
「月島くんって、字キレイだよね」
「・・そう?」
「うん、キレイ」
キレイな月島くんの字と同じページに書くのは少し緊張してしまう。
今日一日の授業を書いていき、三時間目は何だっけ?と顔を上げると、月島くんはメガネを拭いていた。
「そういえば、月島くんってどれくらい目が悪いの?」
昔から視力がよかった私は月島くんが言った度数がどれだけ見えないものなのか検討もつかなかった。
「もしかして、視力検査で一歩前に出る人!?」
「・・なんでワクワクしてんのさ」
視力の悪い人にはとっても失礼かもしれないが、私は昔から視力検査で一番上も見えずに一歩前に出る人をなぜかカッコイイと思っていた。私もやってみたい。そう思っていた。
「初めて一歩前に出た子見た時、わざと見えないって言ってるんじゃないかって疑ってたよ。だってあんな大きいの見えないとか私には全然想像もつかないもん」
私がそう言うと、月島くんは少し嫌そうな顔をしてこっち見た。
「ねぇ、今私の顔見えてる?」
「・・ぼやっと。人がいるのは分かる程度」
「じゃぁさ、その位置からだったら口だけ動かしても読み取れないってこと?」
「まぁ、そうなるデショ」
私は月島くんから目線を外して、声を出さずに言った。
“好きだよ”
月島くんには伝わらない気持ち。
こっそりと自分の中にあった気持ちを無音で吐き出した。