第84章 【黒尾 鉄朗】素敵な靴で出かけよう
ちゅんちゅんと小鳥のさえずりで目が覚めた。
なんて素敵な話ではなく、朝から烏のカーカーというあまり美しいとは言えない鳴き声で目を覚ます。
これが現実だ。
これが私の現実だ。
昨晩、婚約者から別れを告げられた。
彼との出会いはインターネット上。好きなバンドの交流サイトだった。
関東組でチケットの譲り合いをしたり、時には何人かで一緒にライブにも行ったりもした。どんどん仲良くなって、他のメンバーが都合で来られない日は二人だけでライブに行って、その帰りにご飯まで食べに行った。そんな関係が約1年経った頃、彼から告白を受けた。
彼が医者であることを知ったのは付き合ってからだった。それまでは医療系とは聞いていた。MRとかかな?なんて思っていたので少し驚いた。
それからはデートを重ね、今年の春、プロポーズを受けた。
左手には私の好きなハート型のダイヤモンド。その横には小さなピンクダイヤまでついていた。何度も眺めた。毎日磨いて大切にした。
けど、もう必要ないモノになった。
「大学病院の院長の娘さんとの縁談が決まった」
その一言ですぐに理解出来た。
あぁ、そう言う事か。と。
ご両親への挨拶のために買ったキレイめのワンピース。初めて奮発して買ったハイヒール。ふわっと巻いた髪の毛。けど、もう必要ないモノになった。
それからの記憶はあまりない。
いつも彼と行っていたBarでお酒を飲んで、左手に光る指輪を眺めた。
キラキラ光る指輪が眩しくて、自分の心が真っ黒になっていることに気がつく。
罵声を浴びせれば少しは楽になったのか。
ドラマで見るように彼に水をかければ楽になったのか。
それが出来なかったのは、最後までいい女でいたいという、かっこ悪いプライドだったのかもしれない。
「・・・っつ」
慣れないハイヒールで靴擦れをおこすなんて…。かっこ悪。
背伸びして、結局傷を負うなんて、今の私自身みたいで笑えてくる。
私は痛みの限界を迎えて地べたに座った。
もう、どうにでもなれ。
覇気のない顔で、曇った夜空を眺めた。