第9章 【月島 蛍】兄貴はずるい
「蛍ちゃん!…ねぇ、蛍ちゃんってば!今日一緒に帰っていい??」
僕のヘッドフォンを強引に外して、視界に割り込んできたこの女。
幼馴染のひろか。
高校にあがり、クラスも違ってなかなか会う機会がなくなった。
お互い部活に入っているし、一緒に下校するなんて入学当初くらいだ。
「…なに?急に」
わかっていた。ひろかがこんなに浮かれている理由は。
「だって、今日あき兄帰ってくるんでしょ?」
就職を機に、一人暮らしを始めた兄貴の明光。
ひろかは昔からあき兄と呼ぶ。
「いいけど、兄貴夜出かけるかもよ?」
久しぶりの兄貴の帰省に喜ぶひろかにちょっと意地悪を言ってみた。
「だいじょーぶだもん!さっきあき兄にメールしたら出かけずに待ってるって言ってくれたもん!」
「…ブラコン」
へへへーと笑うひろか。
こいつにだけは僕の嫌味も通用しない。
「「おつかれっしたー」」
部室を出ると、テニス部の部室前にひろかが立っていた。
「あっ、蛍ちゃん!」
僕の姿に気付いたのか、ひろかは大きなテニスバックを持って駆け寄ってきた。
隣にいた山口がひろかに声をかける。
「佐藤さんだ!久しぶりだね。テニス部に入ったんだー。バック重そうー」
「山口…うるさい」
「もうっ!蛍ちゃん!どうしてそういう言い方するの?ごめんね、山口くん」
いつものやり取りに、山口とひろかは笑っていた。
「じゃぁ、ツッキー、佐藤さん!俺はここで」
「じゃーね」
やっとうるさい山口がいなくなってひろかと二人になる。
こうやって2人だけで過ごすのはいつぶりだろうか。
いつもひろかがしゃべって、自分がちゃちゃをいれる。
何度嫌味を言っても笑っているのは、ひろかくらいだ。