第72章 【赤葦 京治】勝つから・・・
試合がある日は必ず集合時間よりも早めに学校へ向かう。ちゅんちゅんと鳥が鳴く声が聞えて、朝の爽やかな空気を一気に吸い込んで、私は伸びをする。
体育館前に行くと、彼が階段に腰を掛けている。
「おはよー、赤葦」
一つ年下の後輩、赤葦京治。
3年の厄介なレギュラー陣…特に木兎を扱える優秀な子だ。
「…おはようございます」
私が赤葦の隣に腰を下ろすと、彼は何も言わずスッと手を差し出してくる。
「ちょっと待って?」
私はカバンの中から爪やすりを取り出し、赤葦の手を左手で固定し、右手でやすりを動かした。
あれは赤葦がレギュラーになって初めての練習試合の日のこと。
いつも指先を触るのが彼の癖と知ってはいたが、その日は何かソワソワしている感じだった。
緊張してるのかな?そう思って声をかけると、爪が気になっていると言う。私から見ればキレイに切りそろえられているようだが、きっとセッターの彼は数ミリの伸びも気になるんだろうと思う。
私は化粧ポーチに入れていた爪やすりを取り出して、彼の爪を研いであげた。
その日、今まで全然勝てなかった学校に初勝利をした。それからというもの、私に爪を研いでもらうのが赤葦にとっての願掛けになっていた。