第48章 【月島 蛍】特別
私の作戦は大成功。
中学時代、だてに彼を見ていたわけではない。
彼が嫌がることは大体知っている。
彼がツッキーと呼ばれることはもちろん、部活の人達からからかわれるような面倒なことは到底無理だという事。
私はそれも計算済みで彼を脅したのだ。
「だから、Xにこれを代入して・・・」
放課後、誰もいない教室で私は彼と向い合せに座る。
教科書を開いて頬杖つきながら、右手に握ったシャープペンで数式を指す。
私は教科書を見るフリをしながら、こっそりと彼の顔を見る。
かっこいい。
整った顔。色素の薄い髪。黒縁のメガネ。
Yシャツから覗かせる鎖骨。頬杖ついている腕も細く長くてきれいだった。
「ねぇ、聞いてる?」
彼の声にハッとして、私は教科書に目線を戻す。
「聞いてる!」
私は一度彼から目線を外して、教科書の数式に目を向けた。
大嫌いな数式も、彼のシャープペンの芯が当たった跡があるだけで、すごく愛おしく感じてしまう。
「ねぇ、ツッキー?」
「・・・だから、その呼び方やめてくれない?」
「山口くんはそう呼んでるじゃん」
彼は黙って、深いため息をつく。
「・・・出来た!正解!?」
私は解いた数式の答えを彼に提出した。
「・・・正解」
彼は赤ペンで大きく丸を書いてくれた。
私はそのノートを抱きしめて、ありがとうと彼に言った。
「・・・別に」
彼は少し顔を赤くしてそっぽを向いた。
初めて見た彼の照れた顔。
「そろそろ部活の時間だから…」
顔を赤くしたまま彼はそう言って、教室を出て行った。
「ツッキー!!!」
「・・・だから、その呼び方やめてくれない?」
追いかけて廊下に出た私に、彼は振り返って嫌そうな顔をする。
「じゃぁ、…蛍!!!」
彼は少し驚いた表情で頭をかきながら、小さな声で答えた。
「・・そっちの方がマシ」
「蛍!蛍!!」
「分かったから。叫ばないでよ…」
また嫌そうな顔で私を見る彼。
私はその顔が大好きだ。
「また明日ね、蛍」
彼は少し笑ってくれた。
「・・・じゃぁね、ひろか」
背中を向けたまま、彼はそう言って去って行く。
「・・・私の名前…知ってたんだ」
どんどん小さくなる蛍から目が離せなかった。
特別。
いつか私は、あなたの本当に特別な存在になりたい。
TheEnd