第1章 帰る場所は
ぽつり、ぽつりと、麗は己の抱えている不安を口にした。膝の上に抱えている猫は本当に大人しくて、まるで一字一句聞き逃さないように耳を澄ませているようだ。話し続けていれば、そんな猫の様子が人間っぽく見えて思わず麗はクスクスと笑い出す。
「ふふふ、聞いてくれてありがとう。ああ、もう。私ったらダメね。猫に恋人の愚痴なんて零して。」
猫の視線は怠げな形をしていたが、不思議と何処までも優しい眼差しだった。それこそ、愛する男を思い出す。そしてその視線は、もっと辛い気持ちを吐き出せ、とでも言うように麗を見つめ続けていた。そんな視線に甘えるように、麗は心の奥底にある深い闇を口から滑らせる。
「……どうして、こんなに不安になるんだろう。信じているはずなのに。銀が居なくなったら、また捨てられたんじゃないかと………。」
ぽろぽろ ぽろぽろ
「あ、れ。」
全てを言い終わる前に、麗の意思とは無関係に涙が顔に伝った。視界が歪み、膝上の猫さえ見えなくなる。
「いやだ、とまっ、て。とまってよ…。」
今までに感じた事の無い程、虚しさと寂しさ、そして恐怖が麗を襲った。それ故に止まる事の出来ない涙と格闘する。
「ふっ、ぎん。ぎ、んときぃっ…。かえってきてっ…。」
ついに本音が溢れだす。銀時が己の元に帰ってこない苦しみ。容赦なくそれは麗の心に襲いかかった。麗は両手で顔を覆い、涙と嗚咽を懸命に押さえる。だがその努力も虚しく、指の隙間から涙は零れ、荒れた息と共に声が漏れる。全てが収まるまでに、まだ時間が掛かるだろう。その間、膝上の猫は零れ落ちる麗の涙をざらついた舌で懸命に舐めとっていた。