第1章 帰る場所は
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ガリガリ ガリガリ
夕日が沈み始めた頃に、突然玄関から不自然な音がし始めた。何だろうか、と麗は急ぎ足で原因を突き止めに行く。廊下を歩いて視界に入れた戸の磨りガラス越しに、小さな影が見えた。
「どこから来たの?」
玄関を開けて見れば、そこには白い毛並みの猫が一匹いた。ニャー、と一声あげたそれは、甘えるように麗の足に擦り寄る。その愛らしい仕草に、麗も心がくすぐられる。抱き上げて欲しいのか、猫は両前足を懸命に麗の足に当てる。賢い猫のようだ。ちゃんと爪はしまっている。猫の要望道理に抱き上げて玄関の段差に腰掛ければ、麗も麗で猫の温もりと柔らかさを楽しんだ。
「ふふ、くるくるで可愛い毛並みね。銀の髪の毛みたい。」
天然パーマな毛と、やる気のなさそうな赤い目は驚くほど麗の恋人を彷彿とさせた。きっと銀時が猫になればこんな容姿になるのかもしれない。…最も、銀時の居ない寂しさから、彼の影を猫にまで映しているのかもしれないが。そう考えると、麗はほとほと自分に呆れ返った。しかし、猫と自分しか居ない今が好機なのかもしれない。銀時と自分に何の関わりもない無関係な猫に、麗は胸の内を打ち明けた。
「早く、帰って来てくれないかなぁ。…酷いのよ?銀ってば突然消えて、全然連絡もくれないの。突然消えて、突然現れて。でも仕方ない事なのかもね、私は無力だから。どんなに追いかけたくとも、追いかけられないほど遠くにいってしまうの。『いってきます』も言わずに居なくなる事も多いわ。」