第1章 6粒の幸せ〜仁王 雅治編〜
俺が彼女の名前を知らないように、彼女もまた俺の名前など知らないだろうと思っていたからだ。
「…名前…しっちょったんか?」
「?…知ってるよ」
よく屋上でサボってるもんね?、と言葉を続けた彼女に苦笑いだけが漏れる。
残りの幸せを口にしていた彼女が小さくくしゃみをした。
それと同時に冷たい風が2人の間をすり抜けていく。
「アイスなんか食べるからじゃ…」
「冬のアイス程おいしいものはないわ」
ぷくっと頬を膨らました彼女だったが、残りのアイスを俺に手渡すとそのまま体を丸めてしまった。
…そこに落ち着くんじゃな…。
俺の膝の上で目を閉じた彼女を見下ろしながら、俺は残りのアイスを口にする。
初めて言葉を交わしたのに、この心地よさはなんだろうか。
まるでずっと前からこうして出会うことが必然だったようにー…。
「お前さんの方がよっぽどにゃんこみたいじゃよ…」
眠りに落ちた彼女の長い髪をそっと撫でる。
最後の幸せは口の中でゆっくりと溶けていったー…。
【END】