第3章 一夜
「誰?」
「クライヴで御座います。姫様、晩餐の支度が出来ました」
「だそうよ、伯爵。ゆっくり、最後までヴァインツ家の御持て成しを堪能していって下さいね」
「ええ、喜んで」
クライヴに案内され、アリスとシエルは晩餐の準備が整った部屋へ通される。
「ファントムハイヴ伯爵の為に、シェフ自らが腕によりをかけて作らせて頂きました。どうぞ、心行くまでご堪能下さいませ」
席についたところで、怪しくも美しい晩餐会が幕を開ける。
セバスチャンはそっとシエルの傍らへと戻ると、そっと耳打ちした。
「屋敷は然程問題があるようには思えません。手入れの行き届いた実に素晴らしい屋敷かと」
「ふん……そうか」
どうやらヴァインツ家は一筋縄ではいかなさそうだと、シエルは心の中で呟くのだった。
「クライヴから聞いたのだけど、伯爵の執事はドルチェがお得意とか」
「ん? まぁ……子供はデザートに煩いものでね」
「なるほど。わかりますよ、そのお心。私もドルチェには、煩いもので……今日はわざわざセバスチャンが厨房に立ってくれたみたいで。楽しみにしているわ」
シエルはぴくりと眉を動かすと、セバスチャンへと小さい声で溜息交じりに言い放った。
「……何を遊んでいる」
「いえいえ。執事として、職務を全うしているだけですよ」
セバスチャンはとても満足げに、にっこりと微笑んだ。さぞシエルには、その笑みが物凄く気持ち悪かったに違いない。明らかに嫌そうに顔を歪めていた。
クライヴがそんな二人を横目に、料理を運び始めた。