第80章 前を見て歩いてゆく
「大丈夫。取り敢えず顔上げて。」
モブリットに無理矢理に近い状態で
頭を上げさせられ、
そっとモブリットの表情を見る。
いつもの穏やかな視線を浴びながら
頭を撫でられ、
じわじわと安心感が湧き上がった。
「彼女のことはだいぶ前に吹っ切れてるし、
凛との初めての時は、
さすがに自分が不甲斐ないとは思ったけど……
凛が思ってるようなことは
全く考えてなかったから。」
「……でも、
二年間誰ともしなかったのって……」
「別に彼女のことが忘れられなかったから、
とかじゃないよ。
……いや、……忘れてはいないんだけどね。」
モブリットは少し寂しそうな表情で
話しを続けた。
「……人から完全に忘れられた時、
初めて本当に
この世から消えてしまう気がして。
まぁ、俺が覚えていなくても
彼女の家族は覚えているだろうから、
こんなことを思うのも変な話なんだけど。」
「そんなことないよ!」
思わず声を上げて否定していた。
「……ありがとう。
でも、だからって、
忘れないから新しい恋をしない、
って訳じゃないから。」
ずっと頭を撫でてくれているモブリットの手は
熱を帯びていた。