第26章 月が(赤葦京治)
” 自分の部屋を手っ取り早く片付けたいなら、好きな人に遊びに来てもらえばいい ”
学校から駅へと向かう夜道もすがら、耳に残った台詞を独り歩きながら思い出す。『好きな子にだらし無いトコ見られたくないだろ?さすがに見栄はって掃除するわ』そんな持論を練習の休憩中に展開したのは、学年が同じ木葉秋紀だけれどその男は今は関係ない。代わりに執拗に思い返している光景は、木葉の話し相手になっていた赤葦のリアクションだった。運動用のトレーナーにハーフパンツ姿で、それは一理あるかもしれないですね、と神妙な顔つきで相槌を打った赤葦は、顎に手を当て『好きな人、かぁ』としばし宙を見て考える様子を見せた後、こちらにチラと視線を寄越した。いや、気のせいだったのかもしれないけど。
1秒にも満たない時間の、きわめて些細なその出来事。あの時、すぐに逸らされたけど、あれは一瞬、目が合ったのではないか。特に意図はなかったのかもしれない。あるいは、わたしの後ろで騒音を立てていた木兎のバカに気をとられていたのかも。でも、もしかしたら ―――
遠くの電車が走り去る音と共に、冬の匂いのする夜風が吹いてくる。制服の上に巻いたブラウンチェックのマフラーに口元を埋めるように首を縮めて、あぁ、馬鹿みたいだと白くて重い息を吐き出した。たったこれだけのことで頭が一杯になるなんて。心無しか、浮き足立っている自分がいるなんて。吐き気がする。なんというか、愚の骨頂って感じだ。目が合っただけで期待するなんて、それこそ中学生レベルの勘違いではないか。
『多分、お前はゴミをゴミだと認識できないんだろうな』
あの時、わたしは知らない振りを決め込んで、ノートもないのにボールペンをひたすらカチカチしていたけれど、耳だけはちゃっかり木葉の声を拾っていた。
『赤葦もさ、いっぺん好きな女子でも部屋に呼んで、どん引きされたほうが効果あるんじゃねーの?ショック療法的な?』
そんな意地の悪いアドバイスに対して、あの子は何と答えていた?そうだ、『わかりました』と素直に応じていたはずだ。殊勝に頷きながら、一体、頭の中に誰を浮かべていたんだろう。