第15章 庶民の暮らしは198(いちきゅっぱ)
『どっこいしょーいち!』
源外さんの家から持ち替えったテレビを居間へ置いて辺りを見回す。
『銀さーん?』
…
返事はない。
『ったく、このご時世に鍵もかけないで何処ほっつき歩いてんだか…』
家の奥へ入り、部屋の襖という襖を開けて歩く。
『新八くーん?神楽ちゃーん?』
…
風呂場や厠も開けてみたがどこにも人の姿はない。
『あり?どこいったんだろ…』
とりあえず喉が渇いたので水を飲むために台所へと引き返す。
『…修理代を私が払うのは分かる。でも力仕事くらい手伝ってくれたっていい…ん?』
コップになみなみと注がれた水を口に含み、夕飯の支度をしようと冷蔵庫の取っ手に手をかけた時、ご丁寧にも磁石で貼り付けられた書き置きを見つけた。
『なにこれ?』
"急に仕事が入った。夕飯には間に合わねェかもしれないから先に食っててくれ。脱甲斐性なし!"
『脱甲斐性なしって…』
書き置きの主は今回の仕事にとてつもなく気合が入っているらしい。
『今日は久しぶりに肉料理かな…』
汗だくで帰ってくる3人を想像して緩む頬を抑えながら冷蔵庫の扉を開ける。
『なーににしようか…な?』
しかし、そんな微笑ましい情景もあっという間に消え去った。
『…』
パタン
一度扉を閉める。
『ふぅ…』
大きく深呼吸をして気持ちを入れ替え、もう一度扉を開ける。
パタン
『…見間違いじゃなかったか』
私の目の前に広がっていた世知辛い現実。
それは、なにも食料の入っていない寒々しい冷蔵庫だった。
『…買い出しいくの忘れてた』
自分のツメの甘さを悔やみつつ冷蔵庫の扉を閉めると、
赤ペンを片手に溜め込んだチラシをかき分ける。
『卵Mサイズ…10個パック…100g…豚バラ』
貧乏時代に培った脳内電卓をフルスピードで叩きまくり、
山ほどあるスーパーのチラシから選りすぐりを三枚選び抜く。
『いざ、参らん』
赤ペンを手に取る所から始まり草履を履き直すまで、かかった時間は約1分
私は、修理代で軽くなった財布とチラシを片手に家を飛び出した。